想像日記

思ったこと伝えたいこと

人の自然観の変遷 ー 太古の自然観

さて、第二回目ですね。

 

今回は、前回が前書きであったように、具体的に各個の時代ごとに説明していきます。

 

と言っても、各節の文章は実際には、6行くらいしかないんですけど、それを薄く伸ばしてブログ記事にするのですから、語彙が多くなってしまいます。こればっかりは、全文参照なんてことできないですから。では始まります。

 

太古の自然観というものには、東洋も西洋もほとんど大差がなかったのです。その理由は草原の時代であったためです。環境が草原であったので、環境的要因による文化的変化なんてほとんど個体差がなかったわけですから、狩猟生活をしつつ呪術などのすべを用いて生活することしかできなかったわけです。

 

それが、氷河期が過ぎ、後氷期になると、西洋では砂漠の拡大と乾燥化により、ここから様々な影響を与え始めました。東洋では森林の拡大が始まりました。東洋と西洋とで全体的には森林が増え、そこに人類は居住を移したのです。そうなると狩猟生活も大型の草原性の動物から、小型の動物にハンティングも変わってきたのです。

 

大型の槍から、弓矢などの精度の高い道具に変化しました。それは同時に複雑な思考をしなければ、生きていけないということになり、次第に人間関係も複雑となることになりました。そして呪術は人間の力以上の存在を感じざるをえない状況になりました。自然の仕組みを少しばかりか当時の人類は感じ取っていたのかもしれません。

 

原住民族はまだ現代にも存在していますが、完全に現代人に未開拓な民族は消え失せてしまいましたが、今でも呪術は存在しており、それが現代人にとっては魔法や魔術、またそれに類するものと認識されているわけです。現代人と言っても、ここには多分に私の日本人のサブカル的影響も含まれるわけですが、っと話しがわき道に入りすぎましたね。失礼。

 

そういうことで今回の話しはお終いです。次回は、いよいよ15行ほどの長文の解説です。まあ、得意分野でもある分野なのでどうなるかはお楽しみに。人類史がわかる人は次の項目はどんなのがくるのかは検討できるでしょうが、コメントはしないでくださいね。ネタばれですから。という感じで釘を打ち込んでおきます。はずしちゃあ嫌ですよ。

 

第二回目にして、なんかまだまだ先が続くと思うとワクワクしてきますが、同時に長丁場になるなと思いました。でも続けていきますので、どうかお付き合いください。まだまだ先に進みますゆえ。

 

っということでちょうど一千字になりました。なるべくは雑談も交えてでも一千字は超えるくらいにつくるつもりです。楽しみも添えていかないと長い登り道に飽きがこないようにするためです。ご了承ください。

 

ではまた。