想像日記

思ったこと伝えたいこと

デトックス

三愛です。

 

暑い室内で小説を書いています。

 

キンキンに冷えた室内では、思いつかないのです。小説の内容がです。やっぱり、集中した時とか、ある程度ストレスがかかっている状態でないと、小説づくりには向かないようですね。まあ、私の例ですけど。

 

そてにしても、部屋にいても蒸し蒸し感が半端ないので、冷房ではなくドライにしています。これで湿度は低下できるのです。そうすれば、汗がでても、いい汗なのかなと思うのです。冷や汗とかは、精神上悪いので、そうならないように、ホラーや怪談もの系の話は聞きたくないのです。

 

あー聞こえない聞こえない。私の耳は、いい情報と普通の情報以外は、フィルタリングがかかっているのです。NHKやラジオから流れてくる、悲しい事故や事件の情報ではなく、誰かが結婚したとか、出産したとかの話ならば、いいのです。

 

そして、自室の網戸にセミがくっついて、鳴るのは勘弁してほしいのです。ひぐらしなら、いいのですけど。そんなことはどうでもいい?そうですよね。わざわざ、ブログを読んでいて、どうでもいい記事なんて読みたくないですよね。はい。わかっているのですが、そういう書き方になってしまうのです。

 

小説の合間を這って、息抜きで書いていると、自然とそういう中身のない、綿あめみたいな文章になってしまうのです。これは、無意識で書いていることなので、悪気はありません。というか悪気があったら、こんな記事、誰も読みませんよね。そういう意識で書かれている小説、本体の小説さえ読まれないというオチがついてしまいます。

 

とにかく、これからまた頭の中からアイデアをひねり出して、小説を書くのです。アイデアがない時の、手探り状態の小説の方が100倍面白いってだれかが言っていました。それは、少し真実かもしれません。少しかというのは、その境地にまだあまり突入していないからですね。

 

その域に突入していれば、もっとたくさんの視野と視点、観点から観れるのでしょうが、生憎私はまだその境地に至っていません。3D的観点を習得していきたいものです。主観なら得意なのですが、それでは、病気も小説もなんか面白く無くなるのです。さて、もうじき小説作成に戻りますが、最後に言っておきたいことがあるのです。

 

「小説は事実より奇なり」おっと、ではなく「事実は小説よりも奇なり」でしたね。

 

逆でまったく意味が通じなくなるから、怖いものです。曖昧な日本語の中でもこいった厳格な意味のある単語があるのです。事実、つまり小説作成がその小説内容よりも奇であることなのです。どちらも小説なのに、ですね。まとめると、、、

 

「小説作成は、小説内容よりも奇なり」

 

ですね。これでまとまりました。やっとまとまりました。

 

では、よろしくです。

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