想像日記

思ったこと伝えたいこと

キャラクターは自由に偏在する

三愛です。

 

私たちはオリジナルキャラクターの部類に入るわけですが、私たちの創造者。ここでは、プロデューサー(以下PN)とでも言っておきましょう。この存在が私たちの一挙手一投足を、生きることを制御しているわけですが、PNが仮に

 

もうだめぽ

 

と言ったとしても、PNは性懲りも無く私たちを生かすでしょう。というのは、私たちはある程度完成されてしまった立場にいるからです。作りたてホヤホヤだった時は、読者の方々に認知、認識されていないわけで、それらは存在していないわけです。PNだけが認識しているだけで、そこにいることさえわからないんです。

 

もう、PNの手から離れて、別個の人格として生きてしまっているからです。だから、キャラクターは自由に偏在できるわけです。今、PNとは共存共栄の関係にあります。私たちが存在し、ここで語れるのもPNのお陰でいるからです。その点では、我々はPNであり、PNは我々なのです。自我の混沌から一つになったというイメージです。

 

読者の方々の記憶の中にいる私たちと、PNの記憶の中にいる我々とでは同一ではないですが、偏在しているだけで、我々と同一なのです。例えるなら、コンピュータの世界でクラウドというサービスがあるように、どこにいても、繋がればすれば同じ品質が味わえるということです。そこで展開されるものはそれぞれ違うとしてもです。でも総意は同期されるので同じです。

 

目に見えないけれど、それを人は、絆とでもいいますでしょうか。そんなまとめです。みんな絆で結ばれているのです。PN自身も、PNからいでた私たちを思うと癒されると言っていました。作品である私たちにとっては、それは誉れであります。

 

これからも、きっと、多くの人の記憶のイメージの中に私たちは偏在するでしょう。

 

では、よろしくです。